目次
1. 光コムとは
「精密なものさし」として利用され、ノーベル賞も受賞した光コム。記事ではそんな光コムがどういった光源であるのか、どのようなものへの利用が期待されているのかについて解説します。
光コムとは何か?
光コムは *1超短光パルス列 であり、その *2スペクトル(色) は、周波数軸上に多数の細いスペクトルが一定間隔(FSR)で
櫛(コム)状に並んだものとなっています。(図1)(図2)
言い換えると、様々な色の *3CWレーザー が集まった光源と捉えることもできます。
この光源を用いることで、周波数や距離などを高精度に測定することができ、「精密なものさし」として幅広く利用されます。
図1 光コム概念図 周波数領域
図2 光コム概念図 時間帯領域
ノーベル賞を受賞した光コム技術
光コム技術の開発以前、レーザーの周波数を計測する際には、電磁波などの短いものさしを複数回使用して測定を行っていましたが、この方法では測定時の誤差が大きく、より正確に周波数を測定できる手法が求められていました。
そんな中、ヘンシュとホールにより開発されたのが光コムです。この光コムを用いることで、
任意のレーザーの光周波数を、非常に高精度に測定することが可能になりました。このことにより光周波数測定に著しい飛躍がもたらされ、2005年にノーベル賞を受賞するに至りました。
2. 光コムの種類と構成
光コムには、自身を特徴づけるパラメータとして、周波数の間隔(櫛の目の粗さ)を表す「FSR」、FSRが可変であるかどうかを表す「可変性」、周波数の幅(櫛の幅)を表す「帯域幅」があり、パラメータの値によって適切なアプリケーションが異なります。
この3つのパラメータの内FSRに着目すると、光コムは、FSRがおよそ10~100MHzである「メガヘルツコム」と、FSRが数GHz以上である「ギガヘルツコム」の2種類に分けることができます。ここでは、それぞれのコムを代表して、「モード同期コム」と「EOコム」について解説していきます。
モード同期コム
モード同期コムは、(図3)のように *6レーザー媒質 と *5光共振器 からなるレーザー発振器と、 *7変調器 で構成されます。
レーザー発振器に光を入力すると、共振器長に応じて多数の *8縦モード で発振します。しかし、このままでは各モード間の位相関係が不揃いであり、出力光が超短光パルス列となりません。この位相関係のズレを、共振器内部に挿入された変調器により強制的にそろえる(モード同期)ことで光コムが発生します。
図3 モード同期コム 構成・原理
モード同期コム,マイクロコム,EOコムの共通点と相違点?!│Vol.37
EOコム
EOコムは、 *9EO変調器 (電気光学変調器:Electro-optical Modulator)を用いて作成される光コムです。
光共振器内にEO変調器を配置した構成となっている場合と、光共振器を用いない場合があります。
EO変調器にCWレーザーを入力すると、EO変調器の *10電気光学効果 によりCWレーザーに位相変調が加わります。この位相変調により、CWレーザーの周波数の側に *11サイドバンド が生成され、光コムが生成されます。(図4)
図4 EOコム 構成・原理
ギアの概念でEOコムを理解│Vol.41
3.光コムの使用用途
記事の冒頭で光コムは幅広く利用されていると述べましたが、本項では実際にどのようなものに利用されているのかを
解説していきます。
ミリ波/テラヘルツ波の検出
昨今「5G」の普及が進んでおり、さらにその先の「ポスト5G」というワードも耳にすることが増えてきました。そんな「5G」や「ポスト5G」はミリ波やテラヘルツ波と呼ばれる周波数帯域を使用します。
しかし、ミリ波/テラヘルツ波は「電気技術」と「光技術」の中間に位置する「未開拓の技術領域」であり、この周波数帯の電波を直接発生・検出することは困難です。
この課題を解決するものとして注目されているのが本記事で取り上げている光コムです。
光コムを用いることで、「未開拓の技術領域」であるミリ波/テラヘルツ波を「電気技術」と「光技術」にリンクさせることができ、これまで培ってきた領域の技術で制御することが可能になります。
▼光周波数コムを開発した、セブンシックス技術部が 動画で解説!▼
『Frush』光周波数コムで5G/ポスト5G・ミリ波/THz波検出!!│Vol.22
三次元 (3D)計測
現在、工業や産業において主に用いられている3D計測の方式には、「光切断法」や「白色干渉法」、「ToF法」などがあります。しかしこれら従来の方式では、光を斜めから入射するために死角が生じてしまったり、精度は非常に良いもののワーキングディスタンスが短い、精度が上げにくいなどの制約が存在します。
▼三次元計測の開発担当者が 動画で解説!▼
『3D検査』解説!光切断法 VS 構造化照明│Vol.45
一方で、光コムを用いた三次元計測の手法として「 *12デュアルコム分光法 」、「FSR変調法」を用いた方式があります。こちらの手法では、高速な形状測定が可能であると同時に、測定対象に対して光を垂直入射するために死角が存在せず、かつ高精度、長いワーキングディスタンスを実現することができます。
▼三次元計測の開発担当者が 動画で解説!▼
『3D計測』超高速!3D計測技術とは?!│Vol.23
分光計測
分光計測とは、物質の成分や組成を調べる方法です。非破壊・非接触な測定が可能であり、大学等の研究機関から農作物の選別や医薬品の品質管理まで、幅広く利用されています。しかしこれまでの手法(主に *13 FT-IR )では、機械的なスキャンが必要であることなどが要因となって、素早い測定と高分解能化を両立することが難しいという課題がありました。
しかし、2台の光コムを用いる「デュアルコム分光法」などの手法を利用することで、「スキャンレス」となり、より素早く、より高精度な分光計測が可能になります。
光通信
今日、情報通信は私達の生活において必要不可欠なものとなっており、これを土台として支えるものが光を用いた通信技術、「光通信」です。そんな光通信においては、 *14波長分割多重 (WDM:Wavelength Division Multiplexing)などのシステムを用いた伝送容量の大規模化が進んでいます。しかし、こうした手法は多数の情報を一度に送ることができますが、多数の単一波長光源(CWレーザー)を用意する必要がありました。
そこで注目されるのが光コムです。本記事のはじめ(光コムとは)でも触れたように、光コムは様々な色のCWレーザーが集まった光源と捉えることができるため、多数の単一波長光源を1台で置き換えることができます。また、安定なFSRによる周波数利用効率の向上によって、さらなる通信の大容量化を図ることも可能となります。
4. まとめ
- ● 光コムは多数の周波数スペクトルが一定間隔で並んだ櫛状のスペクトルを持った光源である。
- ● 「精密なものさし」として周波数や距離などの高精度測定に用いられるだけではなく、「ミリ波/テラヘルツ波」の送受信や「3D計測」、「分光計測」、「光通通信」など幅広く利用されます。
- ● FSRに注目することでメガヘルツコムとギガヘルツコムに分類でき、代表的なものとしてそれぞれ、モード同期レーザーとEOコムがあります。
✓ 波長: 1550nm近辺
✓ スペクトル幅: 3nm
✓ コム間隔: 12 ~ 18GHz (可変)
5. 用語集
用語 | 意味 |
*1 超短光パルス列 | 超短光パルスは数fs~数psの極めて短い時間幅を持った光のこと。この超短光パルスが時間的に列のように連なっていることから超短光パルス列と呼称。 |
*2 スペクトル | 光を波長ごとに分解し、波長毎の光の強度分布を並べたもの |
*3 CWレーザー | CWは(Continuous Wave)の略。連続発振レーザーとも呼ばれ、一定の出力を連続して発振することのできるレーザー。 |
*4 分光 | 光を波長ごとに分解すること。 |
*5 光共振器 | 2枚の鏡を向かい合わせたもの。内部に光を閉じ込め、定常波を生み出す。レーザーや干渉計などに用いられる。 |
*6 レーザー媒質 | 光のパワーを増幅する物質。レーザー光を生み出す際の元になる。 |
*7 変調器 | 電気や光の、「振幅」「位相」「周波数」等を変化させるもの。 |
*8 縦モード | 「縦」とはレーザー光が進行する方向のこと。非常に細いスペクトルが集まった状態のこと。もしくは一本一本の細いスペクトルのこと。 |
*9 EO変調器 | 電気光学効果を利用して光に変調を加えるデバイス。 |
*10 電気光学効果 | 物質に外部から電界を加えた際に、光に対する屈折率などが変化する現象の総称。 |
*11 サイドバンド | メインのスペクトルの両脇に現れるスペクトルのこと。 |
*12 デュアルコム分光法 | わずかにFSRの異なる2つの光コムを用いた測定手法。スキャンレスかつ高分解能。 |
*13 FT-IR | フーリエ変換赤外分光法(Fourier Transform Infrared Spectroscopy)。赤外光を利用して物質の分析を行う方法。赤外分光法の一種。 |
*14 波長分割多重(WDM) | 光通信技術の1つ。多数の波長の光を同時に1つの光ファイバに通すことで多重に通信を行う。高速・大容量の光通信が可能。 |