※2025年3月19日 更新
目次
光コムとは
「精密なものさし」として利用され、ノーベル賞も受賞した光コム。記事ではそんな光コムがどういった光源であるのか、どのようなものへの利用が期待されているのかについて解説します。
光コムとは何か?
光コムは *1 超短光パルス列 であり、その *2 スペクトル(色) は、周波数軸上に多数の細いスペクトルが一定間隔(FSR)櫛(コム)状に並んだものとなっています。(図1)(図2)
言い換えると、様々な色の *3 CWレーザー が集まった光源と捉えることもできます。
この光源を用いることで、周波数や距離などを高精度に測定することができ、「精密なものさし」として幅広く利用されます。
図1 光コム概念図(周波数領)
図2 光コム概念図(時間帯領域)
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ノーベル賞を受賞した光コム技術
光コム技術の開発以前、レーザーの周波数を計測する際には、電磁波などの短いものさしを複数回使用して測定を行っていましたが、この方法では測定時の誤差が大きく、より正確に周波数を測定できる手法が求められていました。
そんな中、ヘンシュとホールにより開発されたのが光コムです。この光コムを用いることで、
任意のレーザーの光周波数を、非常に高精度に測定することが可能になりました。このことにより光周波数測定に著しい飛躍がもたらされ、2005年にノーベル賞を受賞するに至りました。
光コムの種類と構成
光コムには、自身を特徴づけるパラメータとして、周波数の間隔 (櫛の目の粗さ) を表す「FSR」、FSRが可変であるかどうかを表す「可変性」、周波数の幅(櫛の幅)を表す「帯域幅」があり、パラメータの値によって適切なアプリケーションが異なります。
この3つのパラメータの内FSRに着目すると、光コムは、FSRがおよそ10~100 MHzである「メガヘルツコム」と、FSRが数GHz以上である「ギガヘルツコム」の2種類に分けることができます。ここでは、それぞれのコムを代表して、「モード同期コム」と「EOコム」について解説していきます。
モード同期コム
モード同期コムは、(図3)のように *4 レーザー媒質 と *5 光共振器 からなるレーザー発振器と、 *6 変調器 で構成されます。
レーザー発振器に光を入力すると、共振器長に応じて多数の *7 縦モード で発振します。しかし、このままでは各モード間の位相関係が不揃いであり、出力光が超短光パルス列となりません。この位相関係のズレを、共振器内部に挿入された変調器により強制的にそろえる(モード同期)ことで光コムが発生します。

図3 モード同期コム 構成・原理
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EOコム
EOコムは、 *8 EO変調器 (電気光学変調器:Electro-optical Modulator)を用いて作成される光コムです。
光共振器内にEO変調器を配置した構成となっている場合と、光共振器を用いない場合があります。
EO変調器にCWレーザーを入力すると、EO変調器の *9 電気光学効果 によりCWレーザーに位相変調が加わります。この位相変調により、CWレーザーの周波数の側に *10 サイドバンド が生成され、光コムが生成されます。(図4)

図4 EOコム 構成・原理
ギアの概念でEOコムを理解│Vol.41
光コムの使用用途
記事の冒頭で光コムは幅広く利用されていると述べましたが、本項では実際にどのようなものに利用されているのかを解説していきます。
ミリ波/テラヘルツ波の検出
昨今「5G」の普及が進んでおり、さらにその先の「ポスト5G」というワードも耳にすることが増えてきました。そんな「5G」や「ポスト5G」はミリ波やテラヘルツ波と呼ばれる周波数帯域を使用します。
しかし、ミリ波/テラヘルツ波は「電気技術」と「光技術」の中間に位置する「未開拓の技術領域」であり、この周波数帯の電波を直接発生・検出することは困難です。
この課題を解決するものとして注目されているのが本記事で取り上げている光コムです。
光コムを用いることで、「未開拓の技術領域」であるミリ波/テラヘルツ波を「電気技術」と「光技術」にリンクさせることができ、これまで培ってきた領域の技術で制御することが可能になります。
こちらの関連記事や動画でも、光コムでどうやってミリ波/テラヘルツ波を検出するのか解説しています。
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三次元 (3D)計測
現在、工業や産業において主に用いられている3D計測の方式には、「光切断法」や「白色干渉法」、「ToF法」などがあります。しかしこれら従来の方式では、光を斜めから入射するために死角が生じてしまったり、精度は非常に良いもののワーキングディスタンスが短い、精度が上げにくいなどの制約が存在します。
一方で、光コムを用いた三次元計測の手法として「 *11 デュアルコム分光法 」、「FSR変調法」を用いた方式があります。こちらの手法では、高速な形状測定が可能であると同時に、測定対象に対して光を垂直入射するために死角が存在せず、かつ高精度、長いワーキングディスタンスを実現することができます。
こちらの動画で、代表的な計測手法の違いや、メリットデメリットを解説しています。
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分光計測
*12 分光 計測とは、物質の成分や組成を調べる方法です。非破壊・非接触な測定が可能であり、大学等の研究機関から農作物の選別や医薬品の品質管理まで、幅広く利用されています。しかしこれまでの手法(主に *13 FT-IR )では、機械的なスキャンが必要であることなどが要因となって、素早い測定と高分解能化を両立することが難しいという課題がありました。
しかし、2台の光コムを用いる「デュアルコム分光法」などの手法を利用することで、「スキャンレス」となり、より素早く、より高精度な分光計測が可能になります。
光通信
今日、情報通信は私達の生活において必要不可欠なものとなっており、これを土台として支えるものが光を用いた通信技術、「光通信」です。そんな光通信においては、 *14 波長分割多重 (WDM:Wavelength Division Multiplexing)などのシステムを用いた伝送容量の大規模化が進んでいます。しかし、こうした手法は多数の情報を一度に送ることができますが、多数の単一波長光源(CWレーザー)を用意する必要がありました。
そこで注目されるのが光コムです。本記事のはじめ(光コムとは)でも触れたように、光コムは様々な色のCWレーザーが集まった光源と捉えることができるため、多数の単一波長光源を1台で置き換えることができます。また、安定なFSRによる周波数利用効率の向上によって、さらなる通信の大容量化を図ることも可能となります。
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光周波数コムが変えるWDM技術:高速・大容量通信の最前線
光コムの必要スペックと対策
高い周波数安定性
理由:光コムは、周波数が均等に並んだ光スペクトルを持つため、基準周波数としての役割を果たします。特に、周波数計測や光時計の用途では、極めて高い安定性が求められます。
対策:レーザーの周波数を原子時計や光時計と同期させることで、長期間にわたる安定性を維持できます。
広帯域スペクトル
理由:光コムのスペクトルが広いほど、さまざまな波長範囲での応用が可能になります。たとえば、分光計測では、より多くの分子の吸収スペクトルを解析できます。
対策:モード同期レーザーの最適化や、非線形光学効果(スーパーコンティニューム光発生)を利用して広帯域化を図ります。
高いコヒーレンス(位相安定性)
理由:各周波数成分が一貫した位相関係を持つことで、干渉計測や高精度な分光分析が可能になります。
対策:フィードバック制御を用いて位相の変動を最小限に抑える技術が用いられます。
高い光強度安定性
理由:出力強度が変動すると、測定誤差が増えたり、データの再現性が低下したりするため、安定した光強度が求められます。
対策:レーザーの安定化回路や電源の品質向上により、光強度の揺らぎを抑えます。
高い時間安定性(低ジッター)
理由:光コムのパルス間隔が正確であるほど、高精度な時間計測が可能になります。特に、テラヘルツ計測や超高速光通信では、低ジッター(時間変動の少なさ)が重要です。
対策:超安定なレーザー発振器とロック技術を使用し、時間軸の安定性を確保します。
周波数制御の容易さ
理由:光コムの周波数をチューニングできると、さまざまなアプリケーション(通信、計測、分光など)に適用できます。
対策:周波数コムのオフセット周波数や繰り返し周波数をフィードバック制御することで、自在なチューニングを実現します。
小型化・ポータビリティ
理由:従来の光コムシステムは大がかりな光学装置が必要でしたが、実験室外での応用(フィールド計測、宇宙ミッションなど)では、小型化が重要です。
対策:フォトニック集積回路(PIC)やファイバーベースの光コム発生技術を活用し、小型・低消費電力な光コムの開発が進められています。
安定したスペックを維持するポイント
温度管理
光コムの発振特性は温度変化に敏感なため、以下の点が重要です。
- 恒温環境の確保:周囲温度の変動を最小限に抑えるため、恒温槽やクリーンルーム環境での運用が推奨されます。
- 熱膨張の影響を低減:光学部品やレーザー光源の熱膨張による波長ドリフトを防ぐため、熱膨張係数の低い材料を選定することが重要です。
- 温度制御システムの導入:ペルチェ素子や水冷システムを活用して、光コム発生器の温度を一定に保ちます。
振動対策
振動による光学系のずれは、光コムの安定性に影響を与えます。
- 防振台の使用:光コムを設置する際に、防振台やエアフロートテーブルを活用し、外部からの振動の影響を低減します。
- 機械的固定の最適化:ミラーやレンズなどの光学素子をしっかりと固定し、外部の振動によるずれを防ぎます。
- 周囲環境の管理:大きな振動源(近隣の機械装置、空調システムなど)の影響を受けないように設計します。
フラットな光スペクトルで高安定性!
光周波数コム発生器 Frush
FSR 12-18GHzのフラットな光スペクトルで、均一な周波数成分で高精度な計測が可能です。
光コム FSR:12-18 GHz(出荷時固定)
中心波長:1550 ± 20 nm(入力 CW 光源に依存)
光バンド幅:> 200 GHz @ -20 dB
光平均出力:> – 7 dBm (+13 dBm 光入力時)
光パルス幅:≦ 6 ps
まとめ
- ● 光コムは多数の周波数スペクトルが一定間隔で並んだ櫛状のスペクトルを持った光源である。
- ● 「精密なものさし」として周波数や距離などの高精度測定に用いられるだけではなく、「ミリ波/テラヘルツ波」の送受信や「3D計測」、「分光計測」、「光通通信」など幅広く利用されます。
- ● FSRに注目することでメガヘルツコムとギガヘルツコムに分類でき、代表的なものとしてそれぞれ、モード同期レーザーとEOコムがあります。
- ●光コム技術は、今後ますます多様な分野での応用が期待されています。特に、量子コンピューティングや次世代通信技術への応用が注目されています。これらの分野での研究開発は、光コムのさらなる進化を促進するでしょう。
用語集
用語 | 意味 |
*1 超短光パルス列 | 超短光パルスは数fs~数psの極めて短い時間幅を持った光のこと。この超短光パルスが時間的に列のように連なっていることから超短光パルス列と呼称。 |
*2 スペクトル | 光を波長ごとに分解し、波長毎の光の強度分布を並べたもの |
*3 CWレーザー | CWは(Continuous Wave)の略。連続発振レーザーとも呼ばれ、一定の出力を連続して発振することのできるレーザー。 |
*4 レーザー媒質 | 光のパワーを増幅する物質。レーザー光を生み出す際の元になる。 |
*5 光共振器 | 2枚の鏡を向かい合わせたもの。内部に光を閉じ込め、定常波を生み出す。レーザーや干渉計などに用いられる。 |
*6 変調器 | 電気や光の、「振幅」「位相」「周波数」等を変化させるもの。 |
*7 縦モード | 「縦」とはレーザー光が進行する方向のこと。非常に細いスペクトルが集まった状態のこと。もしくは一本一本の細いスペクトルのこと。 |
*8 EO変調器 | 電気光学効果を利用して光に変調を加えるデバイス。 |
*9 電気光学効果 | 物質に外部から電界を加えた際に、光に対する屈折率などが変化する現象の総称。 |
*10 サイドバンド | メインのスペクトルの両脇に現れるスペクトルのこと。 |
*11 デュアルコム分光法 | わずかにFSRの異なる2つの光コムを用いた測定手法。スキャンレスかつ高分解能。 |
*12 分光 | 光を波長ごとに分解すること。 |
*13 FT-IR | フーリエ変換赤外分光法(Fourier Transform Infrared Spectroscopy)。赤外光を利用して物質の分析を行う方法。赤外分光法の一種。 |
*14 波長分割多重(WDM) | 光通信技術の1つ。多数の波長の光を同時に1つの光ファイバに通すことで多重に通信を行う。高速・大容量の光通信が可能。 |