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可飽和吸収体とは (SA : Saturable Absorber)

#ファイバレーザー

可飽和吸収体とは

“可飽和吸収”とは、強度が低い入射光に対しては光を吸収し、強度が高い入射光に対しては光を透過する現象を指します。
また、このような性質を持った物体は“可飽和吸収体(SA : Saturable Absorber)”と呼ばれますが、
実際には材料の特性で可飽和吸収を実現する「可飽和吸収材料」もあれば、機械的な動作や光学システムによって
同様の機能を実現する「可飽和吸収機構」も存在します。

本記事では、これらを一括りに”可飽和吸収体”としてまとめ、それぞれについて詳しく解説します。

可飽和吸収の基本概念

前節でも触れましたが、可飽和吸収とは強度が低い入射光に対しては光を吸収し、強度が高い入射光に対しては光を透過する
現象です。(図1)
過飽和吸収材料の場合、物質内で吸収現象が起きると、その吸収を起こしていた物質(主に電子)が無くなることから吸収率が低下し、
結果として透過性が増加するために起こります。

そしてこの時の吸収波長帯域、*1 飽和強度、*2 リカバリー時間、*3 光ダメージ閾値 から可飽和吸収体としての性能が決定
されます。

可飽和吸収のイメージ

図1 可飽和吸収のイメージ

可飽和吸収体の用途

可飽和吸収体は主として*4 パルスファイバレーザーに用いられています。パルスファイバレーザーは多分野に応用されています。

パルスの時間幅によって物質との相互作用が異なり、ナノ秒パルスだと瞬間的な高出力が必要な熱加工分野、ピコ・フェムト秒パルスだと
レーザーエネルギーの効率的な吸収が有効な非熱的加工分野などに応用されています。

ここで、パルスを得る手法には主に下記の4種類があります。

手法概要特長比較
直接変調法種光源 (LD)を電流制御で直接ON⇔OFFすることでパルスを得ます。
パルス時間はナノ秒・ピコ秒程度です。
・出力されるパルスの強度が他と比べて低い。
・増幅器などが必要になるため、波形のひずみなどの問題が生じる。
外部変調法CWレーザーの出力を外部変調器でON⇔OFFすることでパルスを得ます。
パルス時間はナノ・ピコ秒程度です。
・出力されるパルスの強度が他と比べて低い。
・増幅器などが必要になるため、波形のひずみなどの問題が生じる。
Qスイッチ法共振器内に回転ミラーや可飽和吸収体などを設置し、反転分布が大きくなったタイミングで*5 Q値を高くすることでパルスを発生させます。
パルス時間はマイクロ・ナノ秒程度です。
簡素な系で高強度のパルスが得られる。
*7 モード同期法共振器内に存在する多数の縦モードの位相関係を一定に保つことでパルスを発生させる技術です。
可飽和吸収体が用いられ、パルス時間はピコ・フェムト秒程度です。
簡素な系で高強度のパルスが得られる。

これらの中でも①直接変調法と②外部変調法は出力されるパルスの強度が他と比べて低いことが知られています。
そして、その補償として増幅器などが必要になるため、波形のひずみなどの問題が生じます。

対して③Qスイッチ法と④モード同期法は可飽和吸収体を用いてパルスを生成し、簡素な系で高強度のパルスが得られる利点があります。
またこれらは、光共振器内に配置された可飽和吸収のリカバリー時間に比べ、光共振器内で光が往復する時間が長い場合はQスイッチ、短い場合はモード同期と分類され、Qスイッチ法ではマイクロ・ナノ秒、モード同期法ではピコ・フェムト秒のパルスが得られるため、用途に応じて使い分けられています。

それぞれの特徴や用途についての詳細は コチラの記事>>パルスレーザーとは?方式や用途など詳しく解説!

可飽和吸収体の種類

可飽和吸収体は数種類存在します。例として、可飽和吸収材料である SESAM (Semiconductor Saturable Absorber Mirror: 半導体可飽和吸収ミラー)、Cr:YAG、 可飽和吸収機構である 非線形増幅ループミラー、非線形偏波回転 などがあります。

こちらの動画でわかりやすく解説しております
『iQoM』ピコ秒ファイバレーザー! コア技術は「可飽和吸収」にあった!?│Vol.014 ▼

近年では新しい可飽和吸収材料としてグラフェンや単層カーボンナノチューブ (SWNT : Single-Wall Carbon Nanotube) も
注目されています。

それぞれについて簡単にまとめました。

SESAM

SESAM(Semiconductor Saturable Absorber Mirror: 半導体可飽和吸収ミラー)は、入射された光に
可飽和吸収特性を加えて反射させる反射型可飽和吸収材料です。

吸収層と*6 分布ブラッグ反射鏡(DBR : Distributed Bragg Reflector)から構成される
可飽和吸収ミラー (SAM:Saturable Absorber Mirror)の一種です。

下に、*8 GaAs 基板上にGaAs/*9 AlAs によるDBRを設置し、その上に*10 InGaAs(吸収層)を配置したSESAMの例を示しました。(図2) SESAMは、種類にはよりますが800nm~3μm程度の波長領域で、500fs~30psのリカバリー時間を持ちます。しかし、高速なほどSESAMは高価になる傾向があります。

図2 SESAMの構造例

SESAMについて、こちらの動画でもわかりやすく解説しております
『iQoM』ピコ秒ファイバレーザー SESAMフリー!│Vol.002 ▼

Cr:YAG

Cr:YAG は透過型の可飽和吸収材料として働く、複雑な構造を持たない固体物質です。
他と比べてリカバリー時間が長いですが、優れた熱伝導性や化学的な安定性があるのが特徴となります。

なお、吸収波長帯域は0.9~1.2 μm、リカバリー時間は4μs程度です。同じような単物質として、V:YAG(帯域:1.3μm、回復時間:5ns)や中赤外で利用可能なFe:ZnSeなどがあります。

非線形増幅ファイバーループミラー(NALM)

光ファイバーを用いた8字型共振器などで利用されています。増幅ループ内を右回りに伝搬する光と、左周りに伝搬する光の非対称性に起因しています。つまり、非線形効果によって生じる位相シフト量が右回りと左周りとで異なり、結合部での干渉効果に影響を与えます。

結果として入力光強度に依存して出力光強度が変化し、可飽和吸収特性が得られます。一般的にパルス時間は1ps程度ですが、構成により高エネルギー化や50fs程度までパルス時間を短くできる報告もあります。

非線形増幅ファイバーループミラー(NALM)ついて、こちらの動画でもわかりやすく解説しております。
超短パルスレーザー『iQoM』低ノイズには可飽和吸収が超重要!?│Vol.49 ▼

非線形偏波回転

非線形偏波回転(NPR: Nonlinear Polarization Rotation)とは、非線形効果によってファイバー内を伝搬する光の直交する2つの偏光の間に位相差が生じ、その二つの成分からなる楕円偏波面が回転する現象のことを指します。

入力光強度によって、偏波回転すなわち出力光強度が変化し、可飽和吸収特性が得られます。

グラフェン&単層カーボンナノチューブ

SESAMは高価であり、光ファイバー型は長いファイバー長が必要です。対して、グラフェンや単層カーボンナノチューブといった
ナノカーボン素材は、超高速かつ小型な可飽和吸収材料です。バンド間の共鳴吸収により可飽和吸収現象を起こしており、非常に高速なリカバリー時間(<1ps)と大きな吸収断面積を持ちます。

近年では非常に注目されており、特にグラフェンは波長無依存である特徴を備えているため研究や応用が盛んに行われています。

用途別の選び方

先述の通り可飽和吸収体は、吸収波長帯域、飽和強度、リカバリー時間、光ダメージ閾値等の要素で性能が決定されるため、目的に合った可飽和吸収体を選択する必要があります。

特に、適用波長とリカバリー時間に関してはレーザーの用途やQスイッチか受動モード同期かを分ける要素になるため、慎重な選択が
必要です。また、現在ではSESAMや回転ミラーによって受動モード同期レーザーは構成されていますが、経年劣化や制御の難易度の高さから、こういったものを排除した構成も求められています。

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まとめ

  • ・可飽和吸収体とは、強度が低い入射光に対しては光を吸収し、強度が高い入射光に対しては光を透過する素子の総称です。
  • ・受動Qスイッチレーザーや受動モード同期レーザーに使われます。
  • ・SESAMやCr:YAG、光ファイバー型などの種類が存在します。
  • ・性能は吸収波長帯域、飽和強度、リカバリー時間、光ダメージ閾値などから決定されるため、適切な可飽和吸収を選ぶ必要があります。

用語集

用語意味
*1 飽和強度可飽和吸収体が光を吸収せず、透過および反射を始める光の強度。
*2 リカバリー時間可飽和吸収体が光を吸収した後、再度可飽和吸収が可能になるまでの時間。
*3 光ダメージ閾値素子は熱の蓄積や絶縁破壊、欠陥によって本来の性質が得られなくなることがあるが、
その光強度のこと。
*4 パルスファイバレーザーパルス状の出力を一定の繰り返し周波数で発振するファイバレーザーのこと。
*5 Q値Quality Factor。共振器の品質のこと。共振器の中で共振している光の減衰によって決定される。
*6 分布ブラッグ反射鏡LED・半導体レーザーといったデバイスにおいて発光素子の外側にλ/2n (λ: 真空中における波長、n: 媒質の屈折率)を周期とする回折格子を設けることで波長λの光を選択的に反射させる反射器のこと。
*7 モード同期共振器内の発振モードの位相関係が固定されている状態。
*8 GaAsガリウム砒素、ヒ化ガリウムとも。半導体素子の材料として多用される。
*9 AlAsヒ化アルミニウム。
*10 InGaAsインジウムガリウムヒ素。光通信や近赤外波長センサーに用いられる。

« 筆者紹介 »

福田 渓人 博士前期課程 M1 *2023年3月現在

埼玉大学大学院理工学研究科数理電子情報専攻 電気電子物理工学プログラム 塩田研究室在籍。
主な研究テーマは「二次元シングルショット光計測を用いた表面形状検査システムの研究」
セブンシックス株式会社技術顧問である塩田 達俊 准教授のもと、研究に取り組みながら企業へのインターン活動なども積極的に行っている。