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ゲインチップ(Gain Chip/利得チップ) とは – 特長や選び方などを解説

#レーザーダイオード

ゲインチップとは?

ゲインチップとは半導体レーザー(レーザーダイオード)の一種で、外部共振器型レーザー(External Cavity Laser : ECL)の *1光学利得媒質 として使用されている素子です。外部共振器型レーザーとは、ゲインチップの外部に回折格子やミラーが設置されたレーザーです。ゲインチップを *2回折格子 などの波長選択フィルタと使用することで、広い範囲で発振波長を変化させることが出来る波長可変光源を構成することが出来ます。

ゲインチップは、下の図1のように、2つの向かい合う導波路端面のうち、片側の端面には極限まで反射率を下げた *3ARコーティング を施し、もう片側の端面は外部共振器の構成に合わせて高反射率または数%の低反射率を備えた端面となっています。

このゲインチップに加えて、外部の回折格子やミラーと光学結合し、外部共振器型レーザーを構成する際に、チップ端面での反射は、レーザーの安定性や波長特性を制限する要因となるため、斜め導波路とARコーティングの組み合わせが用いられており、このとき光は斜めに出射されます。

図1 ゲインチップ側面図

リトロー型とリットマン型の特長

ゲインチップは、前節でも触れたとおり、外部共振器型レーザーに用いられています。外部共振器型レーザーには、リトロー型とリットマン型があり、ゲインチップはそれぞれの方式で、端面反射率が異なっています。 リトロー型では、下の図2のように、回折格子の1次回折光を直接ゲインチップ内に戻し、低反射率の端面と共振させて発振します。回折格子を回転させることで、導波路に反射される光の波長が変わるので、波長を調整することが出来ます。また、リトロー型では回折は1度だけなので、リットマン型より大きな光出力を得られます。

図2 リトロー型外部共振型レーザー

一方、リットマン型では、下の図3のように、回折格子の1次回折光を追加の調整ミラーで反射させてゲインチップ内に戻し、高反射率の端面と共振させて発振します。リトロー型とは異なり、ミラーを回転させることで波長を調整します。また、リットマン型は、回折が2度あるため、より良い波長選択性を持ちますが、共振器内での内部損失が大きくなるため、光出力は低下します。

図3 リットマン型外部共振型レーザー

ゲインチップの特長

高出力・広帯域

高性能な外部共振器型レーザーを構成するために、ゲインチップ自体も高効率で広帯域な光学利得媒質であることが必要になります。
そのため、ゲインチップでは、*4活性層*5量子井戸層数とチップの素子長の最適化を行い、高出力化・広帯域化を実現しています。量子井戸層数と素子長の出力と帯域の関係を下の図4に示しました。量子井戸層数が大きくなると、誘導放出領域が広がるため、高い光出力となります。また、素子長を長くすると高出力化されますが、同じ波長成分の光が増幅されることになるため、波長帯域は狭まります。

図4 量子井戸層数と素子長の出力と帯域の関係

ゲインチップの波長帯域とその用途例

ゲインチップは、1.3~1.6μm帯の波長範囲において、様々なアプリケーションで利用されています。各波長帯域で利用されるアプリケーションの例を以下に述べていきます。

O-band (1260nm ~ 1360nm)

O-bandに対応したゲインチップは、センシング用途として前眼部 *6OCT、歯科OCT等に用いられる波長掃引光源に利用されています。

S-band ~ L-band (1460nm ~ 1625nm)

S-band ~ L-bandに対応したゲインチップは、高利得、広利得帯域を利用して、光通信用途として光トランシーバや、光通信システムの信号光源となる波長可変レーザーアセンブリ(ITLA)に利用されています。またセンシング用途として、光ファイバセンシング、インライン計測や *7LiDAR、ガスセンシングにも利用されています。

O-band ~ U-band (1260nm ~ 1675nm)

他にも、通信計測や分光計測用光源、またデバイス評価に用いられる波長可変光源においては幅広い帯域でゲインチップが利用されています。

選び方・使用例

ゲインチップは製品ごとに、中心波長、光帯域幅、光出力、ゲインが異なります。また、外部共振器型レーザーの種類に合わせて、端面屈折率などを選定する必要があります。以下に例を示します。

デバイス評価に用いられる狭線幅チューナブルレーザーで使用

中心波長やファイバからの出力を配慮して選ぶ必要があります。


広帯域ゲインモジュール ▶

ゲインモジュールは 曲がり導波路を持つ “Type C” のゲインチップを用いて構成されています。

曲がり導波路の端面は傾斜しています。この傾斜構造と ARコート (Anti-Refrection Coating)により、ゲインチップの導波路への戻り光が大幅に抑制されます。
戻り光が抑制されることにより、自己レーザ発振を防止し、外部共振システムと一緒に動作させる際に生じる問題を取り除くことができます。
これらの特長を持つゲインモジュールにより、チューニングレンジ全域で高いサイドモード抑圧比 (SMSR : Side-Mode Supression Ratio)を持つ狭線幅レーザーが構築可能です。

外部共振器型レーザーで使用

調整波長や出力パワーに配慮して選ぶ必要があります。


広帯域ゲインチップ ▶

ゲインチップは、ファブリペロレーザーダイオードを改良したもので、出力面には優れた反射防止コーティングが施されています。自己発振はしませんが、リットマンやリットローのような外部共振器型ダイオードレーザーのセットアップ(ECDL)で使用することを想定しています。

まとめ

  • ・ゲインチップは、外部共振器型レーザーの光学利得媒質として使用されている素子で、回折格子などの波長選択フィルタと使用することで、広い範囲で発振波長を変化させることが出来る波長可変光源を構成することが出来ます。
  • ・ゲインチップは、2つの向かい合う導波路端面のうち、片側の端面は極限まで反射率を下げたARコーティングを施し、もう片側の端面は外部共振器の構成に合わせて高反射率または数%の低反射率を備えた端面となっています。
  • ・ゲインチップは、高性能な外部共振器型レーザーを構成するために、活性層の量子井戸層数とチップの素子長の最適化を行い、高出力化・広帯域化を実現しています。

用語集

用語意味
*1 (レーザー)利得媒質レーザーの発振において、吸光を上回る速度で誘導放出を起こすことにより、光を増幅することができる物質
*2 回折格子種々の波長が混ざった光(白色光)を波長ごとに分散してくれる光学素子の総称。
*3 ARコーティング光学部品の表面反射を低減し、透過率を向上させるための反射防止膜のこと。
*4 活性層電子と正孔が誘導放出によりレーザー光を発生させる層のこと。
*5 量子井戸(構造)バンドギャップの大きな材料でバンドギャップの小さな材料を挟んだ構造のことで、 より効率よく電子と正孔を再結合させて高効率な発光を実現することができる。
*6 OCT光干渉断層撮影の略で、光の干渉性を利用して試料内部の構造を高分解能・高速で撮影する技術のこと。
*7 LiDARレーザー光を照射して、その反射光の情報をもとに対象物までの距離や対象物の形などを計測する技術のこと。


« 筆者紹介 »

田邊 寛洋 博士前期課程 M1 *2024年3月現在

埼玉大学大学院理工学研究科数理電子情報専攻 電気電子物理工学プログラム 塩田研究室在籍。
主な研究テーマは「低コヒーレンスデュアルコム分光法の確立と距離計測への応用」
セブンシックス株式会社技術顧問である塩田 達俊 准教授のもと、研究に取り組みながら企業へのインターン活動なども積極的に行っている。